マヤとインカ - 貞末尭司

マヤとインカ 貞末尭司

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マヤとインカ 王権の成立と展開:本・コミックのネット通販ならセブンネットショッピング。セブン‐イレブン店舗受取りなら送料無料&24時間受取れる。. . 10. 方位読み解き事典, 柏書房, 年. マヤとインカ : 王権の成立と展開: 著者: 貞末尭司 編: 著者標目: 貞末, 尭司, 1928-出版地(国名コード) jp: 出版地: 東京: 出版社: 同成社: 出版年月日等:. クントゥル・ワシの発掘は一九八八年から東京大学古代アンデス文明調査団という新しい研究プロジェクトとして開始し、一九八九、九〇、九三、九四、九六年と、これまでに六回の発掘調査を重ねた[挿図6]。調査は一九九七年にも計画されている。寺田和夫教授は一九八七年に世を去り、代わって大貫良夫が代表者となった。また井口欣也と坂井正人が、さらにのちには数人の大学院生が加わるようになる。 発掘によりまず編年が明らかになった。後にさらに発掘が進み、年代測定の結果が多くなって、目下のところクントゥル・ワシの編年は次のようなものとなっている。ただしこの地方の形成期最古のラ・コンガ期はクントゥル・ワシ遺跡にはなく、セロ・ブランコでその存在が確認された。 クントゥル・ワシ遺跡におけるイドロ期の建築は部分的なことしかわかっていない。基壇と広場があったようで、基壇の石壁には厚い粘土の上塗りが施され、その表面は白く塗られていた。同じ白塗りの仕上げは基壇の上の建物の床や広場の床に対しても認められた。これらの建造物は次のクントゥル・ワシ期の建築を作る際に大規模に破壊され、あるいは一部が新しい建築の下に埋め込まれた。 クントゥル・ワシ期の祭祀建築は、三つの基壇をU字形に配置し、正方形の半地下式広場を囲むものであった。広場には暗渠式のカナルの入り口が設けられ、カナルは広場や基壇の床下を通過して山の斜面へと導かれていた。基壇と半地下式広場の組み合わせはクントゥル・ワシ遺跡の小山の頂上部全域でいくつか見出されている。 中央の半地下式広場に面した階段からはジャガーの顔を浮き彫りにした石彫が二点、階段の一部として本来の位置にあるままで見つかったのである。これらの石彫はそれまでまぐさ石(dintel)と考えられていたが、実はそうではなく階段の石であった。 クントゥル・ワシ期に建設された中央基壇の床下にはいくつかの特別の墓が作られていた。このうち四つの墓には、金細工はじめ石や海産の貝のビーズや土器が伴い、遺体には朱が撒かれていた。金製品には冠、耳飾り、胸飾りまたは鼻飾りなど、形が大きく、非常に洗練された打ち出し模様があり、高い芸術性を備えた逸品である。 クントゥル・ワシ期に続くコパ期では、U字基壇と広場複合は継承され、しかも何回かの更新を繰り返した。コパ期の土器はクントゥル・ワシ期のようなわかりやすい図像を使う模. 9 Description: iv, 322p : 挿図, 地図 ; 27cm Authors: 貞末, 尭司(1928-) Catalog.

9: ページ数: 322p: 大きさ: 27cm: ISBN:: NCID: BA※クリックでCiNii. 主な著書:「ニカラグア共和国チョンタレス地方における考古学調査」『古代アメリカ』第16号(年)、「中間領域の環境と文化」『朝倉世界地理講座14 ラテンアメリカ』(坂井正人ほか編 朝倉書店 年)、「7-8世紀の東南マヤ地域」『マヤとインカ─. 年1月1日 現在 「(注)氏名についてはインターネット上で表示できない漢字は置き換えましたのでご了承ください。 12: 大きさ、容量等: 306p ; 31cm: 価格: 1円: JP番号:: 部分タイトル: Bench-Figureと呼ばれる小石彫について.

後期ワカロマ期とライソン期の間にEL期と名付けた時期があるとわかったのは一九八二年の発掘の後のことであった。そして八九年のコルギティン遺跡の発掘でもEL期の存在が確認され、それはある時間的な幅をもったひとつの時期であることが確実となった。しかしながら後期ワカロマ期の土器の特徴のいくつかを継承しつつも、それとは異なる特徴をもち、あまり大きな建設活動は行っていない、このEL期文化の正体はかなり曖昧なものとして残された。 また、一九八五年にはワカロマとの関連をカハマルカ盆地の外に広げるべく、北高地の一般調査を行い、カハマルカから西側に山を越えたところにあるセロ・ブランコの発掘を実施した。ここでは前期ワカロマ期(セロ・ブランコではラ・コンガ期とよぶ)と後期ワカロマの文化(セロ・ブランコ期)が確認され、最後はライソン期(ソテーラ期)で終わっていた。EL期は見つからなかった。代わりに、後期ワカロマ期の堆積層の上から掘り込んだ墓が見つかり、そこには北海岸のクピスニケ文化の土器や瑠璃色をしたソーダライト製の首飾りなどを伴う男性が、屈葬の形で葬られていた。高地においてこれほど明白にクピスニケ文化の品々を伴う埋葬はそれまで報告されたことがなかった。 一方、セロ・ブランコと同じ尾根の上にあり、目と鼻の先にある遺跡がクントゥル・ワシである。一九四六年にここを発掘したペルー人研究者たちの簡単な報告を見ると、クピスニケ的土器とカハマルカのEL的土器の両方がある。クントゥル・ワシ遺跡の表面に落ちている大量の土器片のほとんどはEL様式の土器である。しかしそれはとなりのセロ・ブランコにはほとんど見つからない。こうして北高地カハマルカ県の形成期文化の解明のためにはクントゥル・ワシ発掘がどうしても必要になった。. . The same aspect is confirmed in the Mirador de Mullupungo which is another Inca. マヤとインカ : 王権の成立と展開: 著作者等: 貞末 尭司 貞末 尭司: 書名ヨミ: マヤ ト インカ : オウケン ノ セイリツ ト テンカイ: 書名別名: Maya to inka: 出版元: 同成社: 刊行年月:.

貞末, 堯司(1928-) 同成社. 11 図書 pko法理論序説. 出版社: 同成社.

末古窯跡群分布調査報告. The data of excavations reveals that La Soledad site are abandoned under the construction, being in an emergency. 「インカ国家における人間の犠牲:ポルボラ・バハ遺跡の墓をめぐって」『マヤとイン カ:王権の成立と展開』(貞末尭司編), pp. 言語: 日本語.

鹿野政直 家永三郎著「革命思想の先驅者」 57-59 pp. 5 図書 マヤとインカ : 王権の成立と展開. 貞末尭司先生古稀記念論集編集委員会 編: 著者標目: 貞末, 尭司, 1928-出版地(国名コード) JP: 出版地: 福岡: 出版社: 海鳥社: 出版年月日等: 1998. 本研究課題は、エクアドル南部のアンデス西斜面、標高1800mの地点に配されたインカ国家の行政センター、ラ・ソレダー遺跡の発掘調査を基盤とし、周辺域の一般調査・発掘調査を加えながら進められたものである。発掘調査を通して、ラ・ソレダー遺跡は、建設途上で放棄されていることが. In this study we carried out the excavations at La Soledad, an Inca administrative center, which is located 1800m above the sea on the west slope of the Andes, about 60km south-west of Tomebamba. See full list on umdb. 10 形態: 77p ; 26cm 著者名: サイエンス編集部 シリーズ名: Light science books ; 3 書誌ID: BNISBN:.

jp2) 五 中国古代の手工業 大島利一 / p. マヤとインカ -王権の成立と展開-著者: 貞末尭司編. 文化人類学教室が東京大学に発足したのは第二次大戦の終結後の一九五四年のことであった。創設者であった石田英一郎教授と泉靖一教授は、江上波夫教授らと共に、新旧両大陸における文明起源の比較研究という壮大な研究プロジェクトを発足させた。 新大陸文明には二つの中心がある。メキシコ・グアテマラ・ホンジュラスにまたがって発展したメソアメリカと、南アメリカのペルーとボリビア北西部に発展した中央アンデスの地域である。旧大陸の文明起源の研究は、古代オリエント文明の発祥の地であるメソポタミアでの調査からはじめることになった。これに対して新大陸文明の場合、メソアメリカとアンデスのどちらを選ぶか。 研究推進の中心者であった泉教授はアンデスを選んだ。泉教授は一九五七年にたまたまペルーを訪れたことがあり、そこで独自に古文化遺物の収集と研究をしていた実業家天野芳太郎氏と知り合い、その案内で海岸地方の遺跡などを見てまわった。そのときの印象と天野氏との個人的友誼がアンデスを選ばせたのであろう。 一九五八年、第一次東京大学アンデス地帯学術調査団が編成され、石田教授を団長としてまずはペルーにおもむいた。文化人類学の石田、泉、寺田和夫、大林太良、地理学の安芸皓一、佐藤久、小堀巌など、東京大学の研究者が主体となり、現地では、ペルー考古学の父と呼ばれるフーリオ・C・テーヨの高弟たち、サン・マルコス大学の学生などが加わった。 この第一回目の調査は、ペルーを中心にエクアドル、ボリビア、チリなどの周辺の国にもまたがっての広域一般調査であった。まずは広く中央アンデス地帯をまわって、できるだけ数多くの遺跡を実地に検分し、各地にある博物館や大学の収蔵品を見て、アンデス文明の概要を理解し、その上で本格的な調査のための遺跡を選定しようというわけである[挿図1]。 ただし、単に広域調査をするだけでなく、小規模な発掘も短い期間を利用して行っている。ひとつはペルー北海岸の最北部トゥンベス市の郊外にあるガルバンサルという遺跡である。ここでは、特徴的な高杯をもつガルバンサル文化の存在をはじめて明らかにした。また、中部海岸のカスマ谷の南の海岸近くでラス・アルダス遺跡の試掘も行った。中心部だけでも幅一〇〇メートル、長さ六〇〇メートルにもなる大きな遺跡である。ここでの発掘では小さな土偶などが出土し、紀元前二千年紀にさかのぼる時代に大規模. マヤとインカ 王権の成立と展開 - 貞末尭司のページをご覧の皆様へ HMV&BOOKS onlineは、本・CD・DVD・ブルーレイはもちろん、各種グッズやアクセサリーまで通販ができるオンラインショップです。. 実在苗字辞典 す~すん 表は、一番左にカタカナで見出しをつけ五十音順に並べてどの読み方でも探せるようにした上で、左から漢字表記、全国推定人数、確認できたすべての読み方の順に並べています。.

多々良 穣(たたら ゆたか、1967年 - )は、日本の考古学 研究者。 東北学院榴ケ岡高等学校 教諭。. 「マヤとインカ : 王権の成立と展開」を図書館から検索。カーリルは複数の図書館からまとめて蔵書検索ができるサービス. 文明の考古学 - 貞末堯司先生古稀記念論集 - 貞末堯司 - 本の購入は楽天ブックスで。全品送料無料!購入毎に「楽天ポイント」が貯まってお得!. アートン著 丸善. 9: 文明の考古学 : 貞末尭司先生古稀記念論集: 貞末尭司先生古稀記念論集編集委員会 編: 海鳥社: 1998. マヤ、インカ、アステカ・・・・・・ そうすればどうしても類似性がある。 が全て当てはまるわけではないが・・・・・・ まるで現在の事を言っているのかと思ってしまう! 著者も意識したのではないだろうが、と思うが・・・・・. Amazonで尭司, 貞末のマヤとインカ―王権の成立と展開。アマゾンならポイント還元本が多数。尭司, 貞末作品ほか、お急ぎ便対象商品は当日お届けも可能。. 貞末尭司: 1985: 金沢大学考古学講座開設十周年記念号によせて.

貞末尭司編『マヤとインカ―王権の成立と展開』 同成社、 年 月 杉野圀明『マチュピチュ晴嵐―ペルー観光紀行』 文理閣、 年 月 杉本将陸『日本の裏側より愛を込めて』文芸社、 年 月 寿里順平『エクアドル―ガラパゴス・ノグチ・ パナマ帽の国』東洋. 9 請求記号: gh316-h5 書誌id:. 書誌情報 責任表示: 貞末尭司 編 出版者: 同成社 出版年月日:. 中米の古典期文明形成過程の一考察-1-特にマヤの南低地帯を中心として 貞末 尭司 金沢大学文学部論集 史学科篇 (2), p33-62, 1981. 9. クレブラ, たばこと塩の博物館, 年. マヤとインカ : 王権の成立と展開: 貞末尭司 編: 同成社:. | 貞末尭司の商品、最新情報が満載!.

マヤ考古学における土器の. 解説: 函 オビ 美 b5判 322ページ isbn. 貞末尭司(サダスエタカジ) 1928年福岡県中間市に生れる。1957年東京大学大学院人文科学研究科考古学専攻中途退学。1958年東京大学文学部助手(~1965年)。1960年東京大学アンデス地帯学術調査に出向(コトシュ遺跡発掘)。. マヤ / マイケル・d. n164-108 インカの神話 g. 貞末尭司サダスエタカジ 1928年福岡県中間市に生れる。1957年東京大学大学院人文科学研究科考古学専攻中途退学。1958年東京大学文学部助手(~1965年)。1960年東京大学アンデス地帯学術調査に出向(コトシュ遺跡発掘)。.

一九七九年からは、調査の場所を北高地のカハマルカに移した。カハマルカ市のある盆地は三方を山に囲まれた標高二七〇〇メートルほどの谷間で、ここには長い期間いわゆるカハマルカ文化が栄え、最後はインカ帝国に統合された。最後のインカ皇帝がスペイン人に捕らえられ、殺されたのもカハマルカであった。 カハマルカ盆地の形成期の様相はほとんど何もわかっていなかった。幸い、地元出身の考古学者たちの協力で、市のすぐ外にあるワカロマ遺跡が形成期の層をもつらしいことを教えられ、表面調査の後ここを発掘することにした。ラ・パンパ発掘のメンバーのほかに松本亮三と関雄二が加わった。 遺跡の土層の堆積は予想以上に厚く、さまざまな時期の建築の残りが重なり合って、発掘は難渋した。また、調査が進むにつれて、小さいと思ったマウンドは隣のローマ・レドンダとよばれる別のマウンドとも関連して、結局ワカロマは三〇〇メートル四方にマウンドが配置された大きな遺跡であることが判明した。こうしてワカロマ発掘は一九七九、八二、八五、八八、八九年の五シーズンに及んだ[挿図5]。この間、カハマルカ盆地にある他の遺跡にも小規模な発掘調査を展開し、その結果カハマルカ盆地における形成期のはじめからインカ帝国時代までの、およそ三千年間の編年体系を確立することができた。また、形成期後期にカハマルカ高原に新しい土器様式とラクダ科動物(リャマ、アルパカ)の飼育を広めた、これまで未知の文化の存在を突き止め、これにライソン文化の名前を与えることになった。 これより前の形成期時代についても、ワカロマの発掘はいろいろと重要な事実を明るみに出すことになった。まずカハマルカ盆地形成期の編年が確立できた。それは次のようなものである。 後期ワカロマ期では、大がかりな神殿更新が三回行われたらしいこともわかった。最後の更新でできた神殿はおよそ一二〇×一〇八メートル、高さ一二メートルという基壇の上に乗っていた。神殿本体の建築はライソン期のはじめに徹底的に破壊されたため、発掘では捨てられた壁画の断片くらいしか見つからなかった。 しかしながら、三段のテラス状にして全体で一二メートルの高さを保って神殿をのせた基壇は、かなり保存が良かった。この基壇は北西の側に幅一〇メートルの階段をもち、階段を下りた先には正方形になる半地下式広場があったようである。 さらに興味深い発見は. 宮城県 仙台市出身。 金沢大学 大学院人間社会環境研究科博士後期課程単位取得退学。. 5 n256-122 マヤとインカ : 王権の成立と展開 貞末尭司編 同成社. 函 オビ 美 b5判 322ページ isbn/ 冊数 : 1冊 / 刊行年 : 年 / 出版社 : 同成社.

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貞末, 堯司 掲載情報:. jp2) ブラジリア―21世紀の都市 吉阪隆正 / p. 一九七五年、新たな研究計画のもと、ラ・パンパ遺跡二回目の発掘が行われた。泉靖一教授が一九七〇年に急逝し、五年の空白の後、寺田和夫教授が新たに調査団を組織したのである。新しいメンバーとしては丑野毅と加藤泰建が参加した。 ラ・パンパでもチャビン・デ・ワンタルに関係すると見られるラ・パンパ期の建築が見つかり、さらにその下からは、イェソパンパ期と名付けた時期の存在が明らかになった。ただしその土器はコトシュの場合と異なり、むしろラス・アルダスの神殿遺跡から出土する薄手の無頚壺などに共通する特徴を備えていた。. 中米における古代石造彫刻品について--特にマヤ地域とその周辺地域を中心として 貞末 尭司 城西経済学会誌 8(3), 112-137, 1973-03. 関連リンク ・同じ作者の在庫一覧 ・同じ. マヤとインカ : 王権の成立と展開 マヤとインカ - 貞末尭司 フォーマット: 図書 責任表示: 貞末堯司編 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 同成社,. jp2) インカの遺跡(グラビア) / p. 一九八九年、クントゥル・ワシの出土品とくに金製品や墓の副葬品の保管をめぐって、クントゥル・ワシ村、近くのサン・パブロ市、そしてペルー国政府との間で意見の違いがあらわになった。われわれは遺物の重要性に鑑み、保管の安全を図るとともに、発掘の成果を地元にも残す方向を模索した。その結果、クントゥル・ワシ村に博物館を建設し、出土品を展示し、クントゥル・ワシ調査の成果を地元に還元することにした[挿図7]。一方、金製品についてはレプリカを作成し、地元にはそれを展示し、本物は安全のためリマの国立博物館で保管展示することで、地元ならびにペルー政府の了解を得た。こうして一九九四年一〇月一五日、クントゥル・ワシ博物館はアルベルト・フジモリ大統領出席のもと、開館を迎えた。 博物館の運営は、クントゥル・ワシ村の農民が行っている。すでに二年半経過し、維持に要する資金以外には大きな問題がなく、運営と管理はきちんと行われている。またカハマルカ、チクラーヨ、トルヒーヨその他三十以上の市町村の大学や学校、役所などの場所で、クントゥル・ワシ農民を講師とする講演会が開催されてきている。 博物館は、クントゥル・ワシの村人を結束させ、そのアイデンティティを強化し、自分たち自身に誇りと自信を与えた。クントゥル・ワシ遺跡は単に過去の遺跡ではなく、現代のクントゥル・ワシ村の統合と誇りのシンボルとなった。村人は一致してクントゥル・ワシ遺跡を盗掘から守ることの重要性を認めている。外部から盗掘者が入り込むことは不可能である。また、自ら遺跡の周囲に耕作限界線を設け、遺跡の保存を実行している。 クントゥル・ワシ博物館は、遺跡と考古学調査が地元社会に対してもつ意味について、また、遺跡保存への地元住民の参加の重要性について、また住民の積極的参加を基礎にした地域開発のあり方に関して、研究者や国の行政機関に多くのことを示唆しており、今後しばらくのあいだその経過を見守ってゆかねばならない。.

5 nインカとスペイン 帝国の交錯 網野徹哉著 講談社. 1998 『貞末尭司先生古希記念論集:文明の考古学』 海鳥社 (共著) 『マヤ学を学ぶ人のために』 世界思想社 (共著) 『マヤとインカ:王権の成立と展開』 同成社 (共著) 論文、報告書(単著). メキシコ・ペルーの古跡 貞末尭司 / p. 十河佑貞 佐藤堅司著「歴史」 55-56 pp. 12: 考古学概説: 駒井和愛 編: 講談社: 1972: 中小坂遺跡: 貞末尭司 著: ニュー・サイエンス社: 1972. マヤ・インカ文明の謎 フォーマット: 図書 責任表示: サイエンス編集部編 言語: 日本語 出版情報: 東京 : 日経サイエンス社, 1987. 4 後古典期—膨脹期・大都市形成期・インカ期 / (0061. マヤとインカ : 王権の成立と展開 / 貞末堯司編 Format: Book Reading of Title: マヤ ト インカ : オウケン ノ セイリツ ト テンカイ Language: Japanese Published: 東京 : 同成社,.

9 形態: iv, 322p : 挿図, 地図 ; 27cm 著者名: 貞末, 尭司(1928-) 書誌ID: BAISBN:. 9: 大きさ、容量等: 322p ; 27cm: 注記 文献あり isbn:: 価格: 1円: jp番号:: 出版年(w3cdtf). 出版年: 年 分類: 歴史 > 考古学・先史学. Bib: BAISBN:. 11 マヤとインカ - 貞末尭司 nインカ帝国 : 太陽と黄金の民族 カルメン・ベルナン著創元社 1991.

マヤとインカ-王権の成立と展開-, 同成社, 年. jp2) 六 日本における古代鉱業と手工業 平野邦雄 / p.

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